Dannasm 002

Takanao Sato age83

IMAGE:Takanao Sato

Dannasm Details 008

奉仕の精神を忘れない

1960年のローマオリンピックに水球の選手として出場され、1964年東京オリンピック強化コーチ、慶應義塾大学水泳部で総監督を務められています。
様々なプレッシャーを乗り越えてこられたと思いますが、どのようにメンタルを保たれたのでしょうか

“人の倍練習する”これにつきますね。いまの若い人たちは、練習が終わるとすぐに帰ってしまう。私たちは終わってからが本当の練習。1、2時間は当たり前のようにやっていました。当時は照明がないから真っ暗の中でやることもありましたね(笑)。それくらいやらないと世界には立ち向かえません。
人は教わるだけではなく、自分で考えながら体験し取得しなくてはいけないと思います。私は、人の倍練習することで自信を保っていました。

ダンナとはデーンと構えている人

銀座との出会いはどこから始まったのでしょうか

大学生時代からですね。私は慶應義塾大学出身です。当時は慶應が銀座、早稲田大学が新宿と別れていました。早慶戦で慶應が勝つと銀座でパレードがあって、皆どんちゃん騒ぎでしたね。私は田町駅近くの慶應プールで水球の練習を終えた後、新橋で降りて、裏道を有楽町に向かってわざと歩くんです。その頃、学生は制服を着ていたので、知らない先輩も含めよく声をかけられました。「お前、慶應か。ちょっと一緒に飲むか」って感じですね。そうやって学生時代はご馳走して貰っていました(笑)。

そうなりますと仲間の方とのエピソードがたくさんあるのではと思いますが

私の銀座界隈の親友で鳶の頭(かしら)がいました。彼は7丁目にある銀座ライオンで大変な常連なのですが、カウンターの前には彼専用のテーブル永久席があり、何時でも美味しいビールを飲む事ができました。また、彼は芸達者で、お座敷遊びの時には太鼓持ちにも一目置かれる存在でした。彼こそ昔の本当のダンナでしたね。40年以上の交際でしたが、いまでも私の自慢の友人です。

ダンナの印象はどのようなものをお持ちでしょうか

昔のダンナはデーンと構えてオーラのある人が多かったと思います。風格がすごいですよね。遊びも豪快でしたからね。そういうダンナが経営するから老舗になる店が多いのではと思います。

佐藤さんには人を惹きつける何かを感じますが、惹きつける術は何だと思われますか

何事も一人で出来るものではありません。ですから、自分から声をかけること、フォローすることだと思います。後は積極的に会合などに出席し、親睦を深め、親密度をあげることです。

最後にダンナを目指す方々にメッセージをお願いします

人のために何かをやること。私は戦争を経験しています。その頃は、「奉仕の精神」がありました。今はそれが薄れているように感じます。これはダンナになる上で必要なことです。後輩などをただ可愛がるのではなく、親心で親身となって見守ること。それが大事だと思います。